桓武天皇は光仁天皇と大陸からの渡来人・高野新笠の間に生まれた皇子。
45歳になった桓武天皇は父の後をついで平城京で即位後、全国統一と新しい都の建設につとめました。
しかし、新しく長岡京に遷都を行ってもおさまらない凶作や飢饉。
また、天皇の右腕・藤原種継暗殺の嫌疑が掛けられた早良親王が、身の潔白を訴えて命を絶つと、
今度は桓武天皇の母親や皇后、皇太子などが病に斃れてしまいます。
加えて、念願の統一王朝も蝦夷の前に敗れ天皇の念願は叶いませんでした。
そこで、縁起が悪いと桓武天皇は再度都を変え、今度は平安京建設が始まりました。
平安京建設に駆り出されたのは農民たちがメイン、なので農作物を作る担い手不足でさらに食糧事情が悪化。
仕舞いには懐刀の藤原緒嗣に「大君、国は混乱しています。戦と新都建設はしばらくお休みしましょう」と言われちゃいましたとさ。
桓武天皇のひ孫に高望王という名前の皇族がいましたが、この方は皇族をやめて平の名を賜り、桓武平氏の先駆けに。
平将門や平清盛なども桓武平氏の流れを汲んでいます。